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渡辺 明(わたなべ あきら、1908年5月13日 - 1999年)は特殊技術専門の映画美術監督、福井県出身。愛称は「ナベさん」。 == 来歴 == 1929年(昭和4年)4月1日、美術学校を卒業後、松竹下賀茂撮影所に助監督として入社。美術担当となり、撮影技師だった円谷英二と知り合い、グラスワークなどのトリック撮影を円谷とともに研究する。 1942年(昭和17年)4月1日、円谷英二に請われ、『ハワイ・マレー沖海戦』(山本嘉次郎監督)で特殊美術を担当するため東宝に移籍。特撮用ミニチュア製作など美術全般を担当する。 1947年(昭和22年)、『戦争と平和』(亀井文夫・山本薩夫監督)から特殊技術も兼任。「日本映画技術賞」を受賞する。 1948年(昭和23年)、円谷英二が東宝を退社。円谷に代わり、特殊技術チーフを務める。 1950年(昭和25年)、円谷英二が東宝に復帰。以後、特殊美術チーフとして円谷組特撮班を支える。 1954年(昭和29年)、日本初の特撮怪獣映画『ゴジラ』(本多猪四郎監督)で、特殊美術監督を担当。 1966年(昭和41年)4月1日、東宝を退社。円谷特技プロダクションの川上景司〔戦前に円谷に師事した後松竹映画に移籍。1963年(昭和38年)に、円谷に招かれ円谷特技プロに入社していた。〕らと共に「日本特撮プロダクション」(日本特撮映画株式会社)を設立〔フジテレビの特撮番組『怪獣王子』を製作した京都の特撮プロダクション「日本特撮株式会社」(日本特撮K.K)とは関係ない。〕。 1999年(平成11年)、永眠。91歳没。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「渡辺明 (美術監督)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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